究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

近鉄

近鉄で名古屋、大須の縁日

8月28日の記録。

ホテルチェックアウト後、近鉄急行。西大寺で乗り換えて大和八木。

鈍行で榛原。乗り継いで名張。この間は鄙びていていい。特急で通過したことは何度かあるが、各駅だとゆっくり見物できる。

名張から先はだんだん開けてきて景色もそれほどおもしろくないし、時間がかかるので特急に乗り換えて名古屋。地下鉄で大須観音駅。

大須はこれが三度目ぐらい。前より賑わっている。毎月28日は縁日らしく、あちこちに露店も出ている。

大須観音、便所の神様烏枢沙摩明王殿、リニューアルした大須演芸場と見物してから商店街見物。万松寺前でもちつきの準備。なるほどここのお不動様の縁日なのか。万松寺で従業員募集のポスターを見つける。坊主まで募集している。ホームページもあった。ずいぶんさばけたお寺のようだw

さらに歩いていると、女この歌声とオタクの野太い声。OSUとかいう地元のアイドルグループのライブらしい。正式にはOS☆Uなのか。そういえばOS/2とかOS-9はどうなったのだろう・・・

地下鉄で名古屋駅に戻って、地下街見物後東京へ。今回はやたらと電車に乗っていたのであまり暑さを感じなかった。

京都物語3

京都物語2の続き。

就職して一年後の5月の連休にも京都へ出かけた。出発前、なぜかオヤジが小遣いをくれた。東京へ戻ってきた日の晩に食道静脈瘤破裂で死んだ。死期を悟っていたのだろう。

その一年後(1991年)の秋、京都府相楽郡精華町のとある研究所に出向することになった。本来、出向者は近鉄高の原駅近くの借り上げ社宅に住むことになっていたのだが、私はわがままを言って大阪の桜川に社宅を借りてもらった。当時はまだバブル経済の余韻が残っており、そんな贅沢も許された。二年後には状況が激変した。

毎日、近鉄難波から西大寺乗換え、高の原から送迎バスで通勤した。大阪、奈良、京都と三府県をまたぐ長距離通勤だったが、方向が一般人と逆だったため楽だった。近鉄奈良線内ではゆっくり読書もできた。

休日には大阪市内をめぐったり、神戸や生駒方面にでかけることが多く、京都市内まで出かけることは少なかった。それでも平均して二ヶ月に一日ぐらいは京都市内にも出没した。

今頃はちょうど祇園祭のクライマックスだろう。大阪在住中、一回だけ見物したことがある。宵々山の日だったはず。家を見せびらかす風習にびっくりした。鉦の音は幻想的だった。さすがに帰りの京阪電車は込んでいた・・・
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