究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

神田

下谷神社、浅草神社、吉原神社祭礼

5月12日。

神保町まで電車。太田姫稲荷神社から聖橋を経て神田明神。陰祭りだが人出はそれなり。ポニーのアカリちゃんも元気だが、もう結構いい歳なのかも。

外神田から中央通り、アメ横を経て下谷神社。神輿が次々と本殿前に集合。前は気づかなかったが女神輿も目撃。夜店見物後はまた中央通りで秋葉原。秋葉原は神田祭が本妻だろうと陰祭りだろうとあまり関係ない。一年中祭りみたいなものだ。昌平橋を渡って御茶ノ水。御茶ノ水ビアホール。

5月19日。

馬喰横山まで電車。薬研堀不動院から隅田川岸。久しぶりに両国橋を渡ってみる。ちょうど相撲が終わったらしく国技館付近はかんり混んでいる。不祥事もあまり関係ないうようだ。「はね太鼓」もはじめて生で聞く。太鼓櫓にはエレベーターが設置してあり、演奏終了後に使用されているのを目撃。

そのまま隅田川沿いを吾妻橋まで。橋を渡って浅草。雷門付近は混んでいるのでメトロ通りから浅草寺境内、そのまま浅草神社。三社祭は浅草神社の祭礼なのに浅草寺よりお参りする人が少ないのは例年通り。

浅草寺付近を一周りしてから、「観音様の裏」の方にまで足を伸ばす。ここらへんはどこも三社祭の範囲なのだがソープ街近辺だけは吉原神社。ちょうど神輿が吉原神社に到着したことに遭遇。町内会長(?)さんの挨拶が本当に簡潔ですばらしい。江戸っ子気質なんだろう。「吉原一本締め」なる一風変わった手締めを見物。
http://www.geocities.jp/itsupontate/yougo/20071023tejime.htm より引用。


「一本締め」の後に、加えて七回手を打ちます。
つまり、手の打ち方は、「ぱぱぱん、ぱぱぱん、ぱぱぱん、ぱん、ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん」となります。
これも、普段はなかなかお目にかからない、珍しい締め方の一つです。


町内会長(?)さん曰く、「吉原七町を加えてある」とのこと。

その後はまた浅草に戻って「浅草ビアホール」。料理人が変わったらしく、ソーセージがボイル
でなく焼きだった。ボイルのほうが好き・・・



神田明神、下谷神社、元三島神社祭礼

5月10の記録。夏祭りのはしご。

神保町まで地下鉄。まずは太田姫稲荷神社。御茶ノ水聖橋口の立ち食いそば屋がリニューアルしている。チェーン店っぽい。以前はここの山菜そばがお気に入りだったが、メニューから外れているので経営が変わったのだろう。また思い出の場所がひとつ失われた・・・

神田祭は陰祭りなので特に露店も出ていない。ただ外国人観光客はちらほら。インドネシア人らしきグループも。

秋葉原に出て中央通りを上野。下谷神社付近は神輿で渋滞。

上野ゲイバー街をちょっと覗いてから山手線沿いに北上して鶯谷元三島神社。ラブホテル街の入り口に露店が少々。神社下のライブハウスWhat's Upはヘビメタ特集らしく、そこから漏れるサウンドと神社の奉納雅楽が入り乱れて怪しい雰囲気。ここらへんどこもかしこも怪しいのだがw

さらに日暮里まで歩いて散歩終了。JRで水道橋まで出て酔の助。来週はもう三社祭だ。

池波正太郎:「むかしの味」

「食卓の情景」とテーマがだいぶかぶってはいるが、読後感はかなり違う。両方読んでも損はしない。

「食卓の情景」では、家庭料理も重要なテーマで、子供のころの食卓とか、奥様がふだん作る料理とか、自分で用意する夜食なども語られている。一方、「むかしの味」はプロが作る料理がメインテーマだ。

取り上げられている店の中で、私が実際に入ったことがあるのは神田「まつや」と京都「イノダコーヒー」だけだが、どちらもとてもいい店だ。だからこの本で取り上げられている他の店もすばらしいはず。いつかは他の店にも行ってみたい。ただ、甘いものにはまったく興味がないので、「資生堂パーラー」や「竹むら」には行かないだろうし、小奇麗な店は苦手なので「資生堂パーラー」にも行かないだろうな・・・


神保町物語4

神保町物語3の続き。

高校一年、二年と遊び倒したが、三年になって一応受験を意識し、駿台の現役生向け夜間講習に参加することにした。が、講習会場が大好きな神保町に近いため、古本屋や喫茶店に行くために通っているようなものだった。

とりあえずあちこちで中古の参考書や問題集を買いあさったが、読んだのはその十分の一ぐらい。かといってまともな読書をしたわけでもなく、一番読んだのはサンデーとビッグコミックスピリッツだった。「うる星やつら」と「めぞん一刻館」が連載されていたからころだ。

結局どこの大学にも受からず、浪人することになった。また駿台に通っても遊んでしまうことが予想できたので、今度は代ゼミに通うことにした。でも模試会場が明大だったり、駿台の模試も受けたりしたから、月1〜2回は神保町に通った。

神保町界隈で腹が減ったときには、「たつ屋」(今は神保町付近には店がない)の牛丼とか、「利根そば」(今でもある。昔は名前が違ったかも)の天ぷら蕎麦を良く食べていた。御茶ノ水駅近聖橋口の立ち食い蕎麦屋(今もある)とか、前回書いた御茶ノ水「ニューポート」入り口付近(ちょっとずれているかもしれない)にあった立ち食い蕎麦屋(今はない)も愛用していた。特に後者は、そのころとしてはめずらしく関西風出汁の立ち食い蕎麦で、最初は違和感を覚えたが、食べているうちに大好きになった。

神田の「やぶそば」は、なんとなく敷居が高くて当時は入れなかったが、「まつや」には入ったことある。なぜ山葵が付いていないんだ、と質問して恥をかいたことを覚えている。

神保町の話なのか、蕎麦屋の話なのかわからなくなってしまった。そもそも神保町や古本屋の雰囲気は大好きなのだが、けっして「書籍」自体に興味があるわけではないので、希少本や珍本を買ったことはない。古本屋にはいる目的は、単に本を眺めるためか、安い古本を買うだめだった。今でもそうだ。たぶんこれからも・・・

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神保町物語1

初めて神保町に行ったのは、たしか中学二年のころ。

「神田には古本屋街」がある、ということだけしか知らなかったので、神田駅(まだJRではなく日本国有鉄道だった)から歩いて、なんとか神保町までたどり着いた。同じことをやってしまう人は多いようで、現在の神田駅にはおせっかいにも「神保町へは地下鉄をご利用ください」という趣旨の張り紙がある。方向さえ間違わなければ歩いたってたいしたことはないのに。

今でも本は好きだが、中学生のころはもっと本の虫だったから、古本屋だらけの街に感動した覚えがある。ただ、どの店に入ったとか、なんか本を買ったのかとか、そもそも帰りはどうやって帰ってきたのか、など具体的なことは覚えていない。たぶん御茶ノ水が水道橋から国電で渋谷に戻ってきたんだろう。なにしろその時は新玉川線(現田園都市線)がまだできたばかりで、半蔵門線は青山一丁目までしかなかったから、地下鉄経由ではなかったと思うが、確証は無い。

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