究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

東條英機

今日は東條英機の誕生日、明日は隅田川花火大会

冒頭から話がそれるが、最近私はgoogle日本語入力(IME)を利用している。これを使うと、歴史上の有名人やタレントなど、少なくともWebによく記述されているような人名はほぼ間違えずに変換することが可能だ。たぶん「純粋に」統計的に辞書を作成しているため、「片手落ち」とか「気違い」なんかも楽々変換できるw

ところが、「東條英機」だけはダメ。「東條英機」という文字列の出現頻度は高いはずだから、これは意図的(人為的)なものだろう。日米戦争はまだ終わっていないらしいw

東條英機については何回か書いたのでご紹介。といってもみんな用賀がらみの話だ・・・

世田谷と陸軍

東條英機と私

桜新町一丁目と用賀一丁目


そして明日は浅草隅田川の花火大会。ここ10年以上、ほぼ毎年見物に行っている。たぶん明日も出かける。去年の記事と、携帯に残っていた下手な写真をご紹介。

隅田川花火見物

去年の写真。

CADPEGRI

東條英機と私

いくら私が年寄りだといっても東條英機本人を知っているわけではない。ただ若干縁がある。

一つは通っていた小学校の近くに東條英機の私邸があり、その近くでよく遊んでいて、一回家の中に招き入れられたことがあること。これはだいぶ前に記事に書いた。「用賀の思い出」。最近の私邸跡の様子はこちらの記事「桜新町一丁目と用賀一丁目」にも書いた。

もう一つは、東條英機の孫(ひ孫かもしれない)と自称している人と職場が同じだったこと。名前を直接書くとまずいかもしれないので、その人の名前が書かれているページを紹介しておく。このページには私の本名も書いてあるのであおいこだろう・・・

ここで本の紹介。この本は今年の早稲田の古本市で買った。これは正真正銘東條英機の孫娘が書いた本である。もちろん用賀の私邸の話も出てくる。



読んでみた感想は、「やっぱり真面目すぎる人間というのは困ったものだ」ということだ。これは東條英機だけでなく、この本を書いた東條由布子氏にも当てはまることだと思う。正しいことを真面目にやるだけで成功するほど世の中甘くない。日本国内でならともかく、外国とやりあう(もちろん戦争も含む)ためにはもっとずるがしこくなる必要があるはずだ。

誤解されると困るので断っておくが、私は大東亜戦争は聖戦だったし東京裁判なんて茶番だったと思っている。また誰だって失敗することはあるのだから、戦争に負けたことに関して東條英機を責める気もまったくない。ただ、考えるべきは「どうして負けてしまったか、次はどうしたら負けないか」ということだ。そういう意味ではこの本はあまり役立たないかもしれない・・・

ミニ散歩:桜新町一丁目と用賀一丁目

用賀の思い出関連。

桜新町二丁目に生まれ育ち、今も住んでいる。都心に出るときは地下鉄に乗ってしまうし、世田谷区内を散歩するときは上町から世田谷線を利用することが多い。だから、すぐ近くの桜新町一丁目や用賀一丁目には最近ご無沙汰している。小学生時代は毎日通っていた道さえも・・・

で、久しぶりに散策してみた。家を出て246の旧道を渡ってサザエさん通りを交番前まで。小道に入る。ここらへんの旧宅はみな建て換わったようで昔の面影がほとんどないし、道自体がかなり変わっている。たださすがに地元民の勘でクララ修道会の前にたどり着く。一時期ここの日曜学校に参加していたことがある。私が宗教やオカルトに興味を持つようになったきっかけの場所だw

桜町高校の前を抜けて用賀中町通りを南下。246を渡ると旧東條英機邸の八幡山だ。現在は立正佼成会とマンションになっているようだ。一応高台になっているので、ここがあの八幡山であることは間違いない。

大きな地図で見る


ここで左折して母校の小学校を目指す。そのころ青虫を取った畑はまだ残っている。小学校の建物はりっぱになった。私が小学三、四年のころまで校舎は木造、便所は汲み取り式、暖房はコークスストーブだったのだが・・・ 今桜新町に住んでいる若い住人はそんなことを信じないだろうw

帰りは普通に商店街を戻る。ほぼ40分程度の歩行時間。

用賀の思い出

私が通っていた桜町小学校の近くに「八幡山」と呼ばれている小高い丘があった。なお、京王線駅「八幡山」とは関係ない。

私のような悪ガキにとっては絶好の遊び場で、秘密基地を作って住もうかと本当に考えていたことがある。秘密基地は完成寸前のときに、誰か(ライバルグループ?)に壊されてしまった。これは今思い出しても悔しい。あと、すごいでかい青大将をまたいでゾッとしたことがある。

そのころもなんとなく分かっていたのだが、ここは実はあの東条英機(東條英機)の私邸で、丘の上に品のいい和風建築の建物があった(だから本当は住居不法侵入だったかも)。確か一回だけ、家の中に招きいれられて、上品な女性からお茶かなにかをいただいたことがある。なんで招かれたのかは覚えていない。

なにせ小学校のトイレがまだ汲み取り式で、冬はコークスストーブだったし、理科の時間に近所の畑に青虫を取りに行くことができたという遠い昔のことなので、もしかしたら夢だったのかもしれない。金田一シリーズに出てくるシーンみたいだったから・・・

http://www.youga.net/02/tekutaku/south2.html#10
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