究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

密教

アパーヤージャハは破悪趣菩薩

ふとあの「青山元弁護士」のことが気になって調べてみた。ホーリーネームがアパーヤージャハだとはすぐわかる。が、「アパーヤージャハ」とは? 今でも元気な上祐さんのホーリーネームは「マイトレーヤ」で弥勒菩薩なのは有名だが、「アパーヤージャハ」でいくら検索してもどんな仏(あるいは神)を指しているのかがわからない。ウィキのコピペが多すぎる・・・

仕方がないので、「アパーヤージャハ」をそのままローマ字にして、”apayajaha”で検索したらわかった。破悪趣菩薩(滅悪趣菩薩)のことらしい。地獄、餓鬼、畜生道から救い出してくれるそうなので地蔵菩薩に近いようだ。地蔵菩薩といえば土谷正実死刑囚(クシティガルバ)・・・

とりあえず破悪趣菩薩だとわかったので、手元にある本だとどうかなと思い、





の二冊を調べてみたが記述が見当たらない。もう少しまともな本買うべきなのかも・・・・

再読中:「大日如来と密教の仏たち」



もう政治や経済や評論家(批評家)のことは考えないことにした。腹が立つだけだから。 どうやら世の中には「金とコネ」に勝るものはないらしい。この年になってそんなことに気づいても遅いんだけど・・・

というわけで金もコネもない自分は趣味を追求することにする。読書ならほとんど金はかからない。さいわい昔買った本がかなりあるので、全部再読するだけでも相当時間がかかる。読み終える前に死ぬ可能性の方が高いだろうw

この「大日如来と密教の仏たち」もだいぶ前に買った本。二部構成になっており、第一部は、「大日如来とは何か」という観点からの密教の解説、第二部はいろいろな仏様の説明。「図説」となっているが、ほとんどの図は第二部にある。そんなわけで素人には第二部のほうが読みやすいが、学研の「密教の本」とたいして変わらないし、密教マニアならだいたい知っている話が多い。が、第一部は少々難しい。じっくり読みなおしてみるつもり。

久しぶりに読んだ本:「日本探見二泊三日」

「宮脇俊三」を知るきっかけになった本。この本から入った人は珍しいかも。

この本では著者が「」であることが前面には出ていない。だから単なる旅行好きの人でも抵抗無く読めると思う。

ところで私は修験道とか密教が好きだ。比叡山、信貴山、生駒、高野山、吉野、高尾山などは何回かお参りした。高校のころは軽登山も好きだったので、富士山や丹沢、周辺の修験道の低山にも登った。しかし、いまだに熊野を詣でたことはない。四国に出張したことはあるが、お遍路をしたことはない。この本では、熊野や八十八箇所も紹介されている。お金をもらってこんな旅行ができるなんてうらやましい・・・


京都物語1

生まれてはじめて京都を訪れたのは中学の修学旅行のとき。たしか1977年ぐらい。

二泊三日で、一泊は奈良だった。そのころはまだ仏教やお寺には興味がなかった。だから神社仏閣の記憶はほとんどない。ただ「大原」だけは覚えている。路上の自動販売機で買った「あめゆ」が非常にまずかったから。あいかわらず変なことだけ覚えている。

高校の修学旅行も京都と奈良(と飛鳥、吉野)だった。学校がキリスト教系だったためか、逆に仏教や神道に興味を持つようになっていた。特に密教が好きだった。グループ行動日、午前中に東寺に出かけた。私が望んだからだ。そのくせ午後にはグループを抜け出し、一人で河原町界隈のジャズ喫茶(蝶類図鑑)でビールを飲んでいた。弘法大師様もあきれていることだろう。

旅館の夕食後には、京都駅(現在の味気ない駅舎ではなかった)で列車を眺めながら缶ビールを飲み、就寝時刻後にはウイスキー(サントリーホワイト)をラッパ飲みしていた。不思議なのは、どう考えても教師達は気づいていたはずなのに、何も言わなかったことだ。見捨てられていたのだろう・・・

修験の世界

久保田展弘著。四年前に買った本。久しぶりに読み直している。

以前読んだときには、こんな感想を書いている。

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修験道の解説、奥駈け修行体験記など。西洋の一神教に対する日本の精神文化の優越性をといているのはいいが、日本ではなく「東アジア全般」を持ち上げているところが気に入らない。台湾、日本ぐらいにしか真の汎神論は存在しないのではないだろうか。インドもちょっと違う感じがするし。
最近買った本より。
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今、読み直してみると、どこにも東アジア全般を持ち上げている箇所が見当たらない。なんで「東アジア全般を持ち上げている」などと感じたんだろう? そのころは中国、韓国の日本叩きがすごかった時期だったからか? あるいは作者の他の著書や肩書きで先入観を持ったためか?

社会情勢の変化で、同じ本の読後感が変わってしまうようだ。
また、こういうときはやっぱり書籍本文も検索できると便利だと思う。色々問題はあるだろうけど。

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