究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

GOSICK

ちょっと真面目に「第三の嵐」

「第三の嵐」というキーワードで検索を掛けると私のブログが一位にはなる。が、ログを見るかぎりこのキーワードでたどり着いた人はいないようだ。というかこのワードで検索をかけた人がいないのかもw

これはもちろん(?)、GOSICKの「第2の嵐」(どうでもいいがなんで最近はみんなアラビア数字を使うのかな・・)から思いついたのだが、「第2の嵐」自体あまり話題にはなっていないようだ。みんな「萌え要素」にしか興味がないらしい。GOSICKの本当の面白さは、「科学とオカルト」とか「新大陸と旧大陸」とかちょっと早い「第二次世界大戦」とかの描写にあると思うのだが。

で、その「第三の嵐」がリアルに近いと私はまじめに考えているのだが、もちろん「ドイツの戦車がポーランドへ」みたいなことを想像しているわけではない。というかそれならまだ救いはあるのかも。私が想定している「戦争」というのは以下のような事態だ。

1.世界経済が混乱。治安が悪化し、移民や外国人排斥運動が高まる。

2.経済の悪化を戦争で乗り切るために、中近東でさらなる革命騒ぎ。中南米にも飛び火。

3.欧米では環境原理主義者や白人至上主義者が、「経済の悪化や環境の悪化はすべて有色人種のせい」と公然と唱えるようになる。日本に対して、「福島のせいで海が汚れたから何千兆円払え」とか言い出す国も。

4.日本やアメリカは、「どちらの側につくか」で世論が大分裂。政局、経済がさらに混乱。1へ戻る。

みたいなループが延々と繰り返されることだ。繰り返すたびにより過激になり、人は内向的、排他的になり、最後は狂信者が核ミサイルや生物兵器で・・・

とここまで書いたら、「もうすぐ戦争」は間違いだと気づいた。「すでに戦争」なんだよねw



「東京大震災」が先か「第三の嵐」が先か

私はメガテンが好きだ。そしてGOSICKも好き。だが、普通の人とはちょっと楽しみ方が違うのかもしれない。私は「現実と虚構」をごっちゃまぜにするのが好きなのだ・・・

まずはリアルメガテンの話。放射能を気にしなくてはいけない日常なんて既に限りなくメガテンに近いわけだが、茨城県沖とか茨城県南部で地震が多発しているのも気になる。政界も相変わらず。オザワさんが表に出てくるようなことがあれば、「東京大破壊」が近いのかも。実はちょっと期待しているのだ。以前にはこんなことも書いてる。「東京大震災が日本を救う!」。私って人非人だw 

そしてリアルゴシック。ヨーロッパがかなり怪しい。ノルウェーのテロ、スウェーデンでは自宅で原子炉、そしてイギリス暴動。次はオランダとかベルギーで何かあるかもしれない。そして最後はもちろんドイツ。もしドイツが「ギリシャやスペインの面倒見るのなんてやだ、EUなんて脱退だ、第四帝国バンザイ!」とかいうことになれば、間違いなく戦争が起こる。第三の嵐だ。きっと今ごろソヴュール王国では、日本からの草食系留学生と悪魔的に賢い頭脳を持つ美少女がキャッキャウフフしながらいろんな謎を解いているのだ。そして大晦日の抱擁と元旦の刺青。きっと歴史は繰り返す・・・

こんな馬鹿なことを書いている今も米国ではダウが急落中。うーん、1999年には結局何も怒らなかったが、2012年人類滅亡はホントなのかも。だからといって、「ラムサの学校」とかに入りたくはないなあ・・・ どうせ私はもう歳だしw

夏至祭と大祓と七夕とお盆

GOSICKの「名もなき村」では、夏至祭が盛大に行われる。北欧や東欧に実在するお祭りらしい。基本的には豊穣を願う祭りなのだろうが、
セント・ジョンズ・ワート(セイヨウオトギリソウ)を、イブの夜に枕の下にしいて寝ると、夢に現れる聖人のご加護があるとも、また、未婚の女性の場合、未来の夫が夢枕に立つともいわれる
とあるから、未来の運命とか、男女間の出会いにも関係があるらしい。ただし、GOSICKの中の夏至祭とは異なり、「死者の霊がどうのこうの」という儀式ではないようだ。おそらくキリスト教化する前と後では違うのだろう。

夏至からちょっと経つと、日本では大祓。こちらは無病息災を願う儀式。特に「男女の出会い」とは関係ないはずだが、この時期に結ばれるカップルも多いかもw

さらに次の週は「七夕」。これはもちろん男女間の出会いにも関係あるが、もとは「お盆行事」の一つだったらしい。もちろんお盆は「死者の霊」と関係あるから、GOSICKの中の夏至祭はこちらに近い。もしかすると、「織姫と彦星が年に一回(それも晴れているときだけ)しか会えない」理由は、彼らは既に天帝に殺されてしまったから、かな・・・

織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘であった。夏彦もまた働き者であり、天帝は二人の結婚を認めた。めでたく夫婦となったが夫婦生活が楽しく、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなった。このため天帝は怒り、二人を天の川を隔てて引き離したが、年に1度、7月7日だけ天帝は会うことをゆるし、天の川にどこからかやってきたカササギが橋を架けてくれ会うことができた。しかし7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず夏彦も彼女に会うことができない。

女衒の話

GOSICKVIII神々の黄昏(下)の登場人物中、私が一番好きなのは女衒だ。クリスチャンで、元神学生で、兵役に付くのがいやだから女衒になったという変わり者である。オカマっぽい。おそらく女性に興味はない。だからヴィクトリカの純潔が守られたのかも・・・ 元神学生だから多少フランス語がわかるという設定もいい。おそらく住所は神戸か横浜だろうが、作者もそこまでは考えてないかなw

女衒は女性を商品として扱うのだから、「自分で手を出してはいけない」ような気もするが、実際は微妙らしい。井伏鱒二の「駅前旅館」には、東北から少女をかどわかしてきて上野の旅館でXX、のような記述がある。処女をいきなり店に出すわけにはいかないからだろう・・・

坂口安吾の「黒谷村」にも女衒が出てくる。こっちはもう充分熟れている女性が相手だから、女衒も手を出すことはないらしい。こんな一節がある。
「いいえ、ずつと昔からですわ。でも、ほんとうに決めたのはたつた今しがたなんですわ。村に女衒が来てゐるのです。三月と盆は女衒の書き入れ時ですから。妾はずつと昔にも一度女衒に連れられて村を出たことがありました。お分りですか? 凡太さん……妾は今も女衒と一緒に寝てきました。あははははは……嘘嘘嘘、一緒に酒をのんできただけ……」

GOSICKの話に戻る。女衒がヴィクトリカの刺青に気づいたときの、「これじゃ商品価値なんて・・・」というセリフはちょっと変だ。確かにそんなのはイヤだという男性のほうが多いのかもしれないが、「日本語の刺青をした銀髪の美少女」に萌える変態もそれなりにいるはず(別に私のことではないよw)。少なくとも見世物小屋に売り飛ばすことは可能だ。おそらく女衒はヴィクトリカの気高さとか崇高さを感じたからこそ逃がしてやったので、「刺青」のあるなしは本当は関係なかったのだろう。

「港町の女の見世物」というと、葉山嘉樹の「淫賣婦」を思い出す。相当気持ちが悪い小説(プロレタリア文学)だが、もしもGOSICKにバッドエンドがあるとすれば、こんなラストになるのかも・・・

 私はビール箱の衝立(ついたて)の向うへ行った。そこに彼女は以前のようにして臥(ね)ていた。
 今は彼女の体の上には浴衣(ゆかた)がかけてあった。彼女は眠ってるのだろう。眼を閉じていた。
 私は淫売婦の代りに殉教者を見た。
 彼女は、被搾取階級の一切の運命を象徴しているように見えた。
 私は眼に涙が一杯溜った。私は音のしないようにソーッと歩いて、扉の所に立っていた蛞蝓(なめくじ)へ、一円渡した。渡す時に私は蛞蝓の萎(しな)びた手を力一杯握りしめた。
 そして表へ出た。階段の第一段を下るとき、溜っていた涙が私の眼から、ポトリとこぼれた。

GOSICKVIII神々の黄昏(下)も読んでみた

7月23日発売。だが22日の夜に入手できた(フラゲって初めてw)。さっそく読んでみた。

基本はアニメの最終回と変らない。グレヴィールのヴィクトリカへの愛情、そしてサクリファイス。フラニー(アブリルの従姉妹)が成長しているとは思わなかった。

そして問題の刺青。住所が書かれていることは想像が付いたが、女衒とは・・・ アニメじゃ無理なわけだ・・・

お互いにとって大事な「指輪」と「ペンダント」が失われてしまう、というのも興味深い。これも「サクリファイス」だ。犠牲があってこそ救われる人がいるわけで・・・

再会シーンはほぼアニメと同じだが、接吻シーンは萌えたw 「古き神々は死んだが、我々は日々新しい神を見つけるだろう」というヴィクトリカの分析。なんとなく坂口安吾の「堕落論」を想像させるが、関係ないかもw

そして原作だけのエピローグ。新大陸か、なるほどね・・・ アブリルとの再会フラグなのかもしれない。続編も書いてほしい。というかたぶん書くんじゃないかな、結構シリーズの売上が良いみたいだしw


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