究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

地理

足利の思い出2

足利の思い出1の続き。

昼食を取って(確か「足利うまいもの会加盟の洋食屋だったはず)、散歩を続けるうちに、午後三時を過ぎた。授業が終わっているころである。

「足利出身の一般生(以下Y子)」は、特にクラブ活動をしていなかったので、授業が終わるとすぐに寮に戻ることは知っていた。そこで、私はグループ内の一番素直な奴に、「今から寮に電話をかけY子を呼び出し、足利の名所はどこかと聞け」と命令した。

そいつは本当に電話をした。あとから聞いたのだが、いくら自由な学校といっても、授業日に数人で無断欠席したのだから、かなり話題になっており、Y子もそうとうびっくりしたらしい。でもちゃんと「織姫神社」や「足利学校」を見物するように教えてくれた。

そしてとうとう、Y子の実家にみんなで押しかけた。具体的に書くと完全に特定できてしまうのでボカしておくが、地元では名士の家だ。Y子のお母さんもさぞかしびっくりしたことだろう。東京の変な学校に娘を行かせるんじゃなかった、と後悔したかもしれない。

足利見物と実家訪問という当初の目的を無事果たし、悪ガキどもは満足した。酒屋で「一人娘」という日本酒を買い、渡良瀬川の川原で祝杯を挙げた(二十五年以上前の話なので、通報しないでw)。青春だったな・・・

これが「最初の」足利訪問記録だ。その後も四〜五回は足利を訪れている。ある年などは、足利で新年を迎えたこともある。普段それほど人がいない鑁阿寺に、地元の人がたくさんお参りにきているのに感動した。織姫神社から見た初日の出は美しかった・・・

くだらないことを書いたが、「足利はいいところ」というのは本当だ。都内からなら東武線ですぐだし、たいして交通費もかからない。京都や鎌倉ほど有名ではないが、なんといっても「足利氏」ゆかりの土地だ。歴史好きなら行って損はないはず。

足利の思い出1

八王子」に行ったら、「足利」のことを思い出した。

高校時代の話だ。私が通っていた高校はいわゆる帰国子女(「帰国生」という)のための学校だった(たぶん今でも)。もちろん、日本生まれ日本育ちの生徒(なぜか「一般生」という)も受け入れてはいた。私は「一般生」である。

高校としては珍しく寮があった。これも本来「帰国生」のための寮だが、「一般生」も入寮することは可能で、「足利」出身の「一般生」の女子もいた。

今はどうなのか知らないが、当時の校風は自由奔放そのもので、みんなあんまり男女差など気にせず仲良く遊んでいたのだが、この足利出身の子は古風なのか、男たちとはあまり交流が無かった。単に私だけ嫌われていたのかも知れないが・・・

男というのは助平だから、「男に興味のない女」には心惹かれるものである。そこで私をリーダーとする馬鹿グループ5、6人が、「あの子の故郷の足利を探検して、できれば実家を訪ねてみよう」という計画を立てた。

わざわざ学校をさぼって平日に東武線の急行「りょうもう」に乗り(後に特急に格上げ)、足利市に足を踏み入れた。織姫神社鑁阿寺足利学校を見物した。グループ内に一人日本史に詳しい奴がおり、いろいろ解説してくれた。授業はサボったが勉強はしていたのだ!

街中もかなり歩き回った。最近はどうなったのか知らないが、歴史を感じさせる品のいい建造物も多く、「ああ、あの子はこういうところで生まれ育ったからちょっと感じが違うんだ」などと、勝手なことをほざきながら散歩を堪能した。

続きはこちら

ウイグルと大谷探検隊

中国新疆ウイグル自治区で暴動が起きた。報道規制されているらしい。相変わらず中国のやることは乱暴だ。しかし、漢人が「ウイグル人優遇はおかしい」と暴れることは少しだけ理解できる。「逆差別」こそが現在の差別問題だから。

それはさておき、ウイグルと聞いて、津本陽著「大谷光瑞の生涯」のことを思い出した。最近は読んでいないが、一時期夢中になっていた。

「大谷光瑞」という人はなかなか怪物で、とてつもない別荘(二楽荘)を建てたり、中央アジアに探検隊を派遣(最初は自分も同行)したりしている。この本でもかなりの部分が探検の話だ。中央アジア(西域)に行くまでがたいへんで、まず航路でヨーロッパに行き、資料や道具を準備した上でロシアへ。そこからバクーを経てカスピ海を渡る。そこから東へむかって中国領内へという大旅行だ。明治の人は偉かった。




面白い本なのに、あまり売れてはいないようだ。もしかして門徒の間では禁書なのかな...

秋葉原物語:生きている限り続けたい

秋葉原物語7の続き、または永遠。

まあ今でも生きている。死んで当然の身だけど。でもちょっとした記録が役に立つこともあるので、これからも「秋葉原物語」は続けたい。

とりあえず、今までに秋葉原で買って、今でも覚えていて、それなりに歴史を代表する商品を並べておく。もしかしたら考古学的価値があるかもしれないから・・・

・松下(ナショナル)プロシード2600、BCL全盛期。
・PC9801用サウンドボード(純正)
・PC9801用メモリ増設ボード(純正)
・PC9801用FM12音サウンドボード、 sound blasterだったはずだがよく覚えていない。
・MAC SE/30 ツクモで買った。System7 の前w 初めてローン組んだ。
・パラレルポート用2倍速CD-ROM, T-ZONEで買った。
・「がっちゅみりみり放送局 DVD」分かる人向け・・・

もっと色々あるけど、面白いのはこんなものかな。また生きていれば続きを・・・

モフ(MOFU)の昆虫採集

ひさしぶりにテレビ(BS−1)をみたら面白い番組をやっていた。

「カメルーン北部マンダラ山地に住むモフの人びとと、小さいながら獰猛勇敢なアリ、“ジャグラヴァク”との共存関係をドラマチックに描いたドキュメンタリー」

だとさ。わりと面白かった。子供が昆虫に興味を持つのは世界共通だろうが、ここでは虫は子供のおやつでもある(大人は働いてモロコシを食べることになっているので、建前としては虫は食べない)。 栄養学的にも意味がありそうな風習だ。

ところで、「モフ アフリカ」で検索しても、みんな関係ないページになっちゃうのが悲しいといえば悲しい。日本にはアフリカの情報が少なすぎるんだよね。なお、この番組はフランス制作。フランスはアフリカに植民地をたくさんもっていたからだろうが。

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