究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

読書

「あたり芋」と阿呆グーグル

青空文庫で泉鏡花の「深川浅景」を読んでいると、

然《しか》も頬骨《ほゝぼね》の張《は》つたのが、あたり芋《いも》を半分《はんぶん》に流《なが》して、蒸籠《せいろう》を二枚《にまい》積《つ》み、種《たね》ものを控《ひか》へて


という記述があった。はてさて「あたり芋」とはなんだろう? 蕎麦屋のつまみだからジャガイモやサツマイモのはずはない、おそらく山芋料理だろうが確信が持てない。

とりあえず検索してみる。まず普通に「あたり芋」で検索してもまったく役立たない。最近のgoogleは馬鹿すぎる。引用符付きで検索するとやっと「キザミ芋・あたり芋」という用例が。入ったことはないが有名な店だ。やはりヤマノイモの料理らしい。

今度は「"泉鏡花" " あたり芋"」で検索。ようやくまともな情報が見つかる。同じ鏡花の「春着」にも「あたり芋」の用例があるようだ。注釈もある。
あたり芋 擂り芋。ヤマノイモの根をすりおろしたもの。醤油や酢で食べたり、とろろ汁にする。

よかった。やはり山芋だ。スルメ→アタリメの要領で「すり芋」→「あたり芋」なんだろう。もっともこれも推測。「"スルメ" "アタリメ" "すり芋" "あたり芋"」で検索しても何も引っかからない。が、おそらく間違いないだろう・・・

石井重美「世界の終り」


















濹東綺譚と寺島町奇譚と経済状況

すでに語っている人もいるようだが、自分も一つ。

どちらも舞台は玉ノ井。タイトルも似ている。というか滝田ゆうは間違いなく意識していたはず。だが読んで受ける印象はだいぶ違う。

濹東綺譚の主人公は変態文学親父だが、寺島町奇譚の主人公は純真無垢少年。親父は同じ女の元を訪ねるだけだが少年はあちこちで遊びまわる。濹東綺譚の玉ノ井はうらぶれているが、寺島町奇譚の玉ノ井はエネルギッシュだ。

銘酒屋の娼婦の食事も違う。濹東綺譚といえばお茶漬けシーン。メニューはこんな感じでごく質素。

女は茶棚の中から沢庵漬たくあんづけを山盛りにした小皿と、茶漬茶碗と、それからアルミの小鍋を出して、ちょっと蓋ふたをあけて匂をかぎ、長火鉢の上に載せるのを、何かと見れば薩摩芋さつまいもの煮たのである。

中略

「御飯は自分で炊くのかい。」
「住宅すまいの方から、お昼と夜の十二時に持って来てくれるのよ。」


寺島町奇譚だと、洋食屋からカツレツを取ったり、客から寿司の差し入れがあったり。だいぶ違う。ただしどちらにも娼婦の炊事シーンはない。火事防止のため禁止されていたのかもしれない。

ここまではだいぶ前に気づいていたのだが、今日ふと、「この差は時代の経済状況の差なのでは?」と思いついた。なぜ思いついたのかは不明。

時代設定だが、寺島町奇譚のほうは最後が東京大空襲、主人公はまだ小学生だろうから、舞台は1942年から1945年ぐらい。一方濹東綺譚のほうは出版が1937年、永井荷風が玉ノ井に通いつめてたが1936年ということなので、1936年前後。はたしてこの二つの時代の「経済状況」はどうだったのだろう?

ありがたいことに今では戦前の株価もあるていどネットで調べられる。「戦前株価」ですぐ見つかった。

太平洋戦争当時、株価はどう動いたのか?

チャートをみれば一目瞭然。寺島町奇譚のころのほうが圧倒的に株価が高い。もちろん株価が高ければいいわけではないが、少なくとも盛り場は株が高い時のほうが賑わいそうだ。なるほど寺島町奇譚には戦争成金(小成金かな)みたいなオヤジも登場する。工場街が近いからいっぱいいたのかも。

濹東綺譚は青空文庫でただで読めるし、寺島町奇譚だって古本なら1000円未満。やはり今はいい時代だとは思うが、玉ノ井みたいな街があったころに生まれたかったのもまた事実・・・


ずうのめ人形と都市伝説に関するつぶやき

































大谷光瑞の「食」

神田古本祭りで買った本。とっくに読んだのだが感想を書くのを忘れていた・・・

大谷光瑞とはあの中央アジア探検で有名な浄土真宗本願寺派第22世法主。つまり坊さんだ。が、相当のグルメだったようで、日本はもちろん、中国やヨーロッパで美食の限りを尽くしたらしい。そのことは以前、大谷光瑞の生涯に書いてあったので知っていた。

その光瑞が、世界各国の料理や食材についてかなり自由気ままに書き綴ったのがこの「食」という本。元は漢文調で書かれているらしいが、私が入手したのは現代語訳。だからさらっと読める。

内容も現代人にとってはそれほど驚くことが書かれているわけではない。が、この本が最初に世に出たのは戦前の昭和5年ごろだということに注意。そんな昔にずいぶん贅沢をしていたものだ。もちろん浄土真宗では昔から肉食妻帯が許されていたのだし、華族(伯爵)だから金には困らない。だからいくら美食したってかまわないのだが・・・

感想は横着して箇条書き。

・世界の料理とはいえ日本、中国、ヨーロッパがメイン。インドやジャワ料理は多少出てくるが、トルコ(西アジア系)料理は皆無。当時の限界だろう。

・日本とヨーロッパ料理の話は現代人にとっては常識なことが多い。が、中国料理は別。食材の歴史的な分析も興味深い。筆者は相当中国文化や漢学に詳しいようだ。だからこそ原文は漢文調なのだろう。原文を読んでみたいが、私には無理かな・・・

・筆者はもちろん日本人、そして京都生まれだから、やはり日本の味がいちばん好きらしいが、特に偏見なく各国の料理を食べているし、それぞれの長所、短所をはっきり指摘している。今となっては昔話だが、当時は日本の食品保存技術とか食品衛生観念はヨーロッパに比べてだいぶ劣っていたようだ・・・

・筆者が「華族」のせいか、取り上げる料理は、漬物や京都の惣菜など一部を除き、「高級な料理」ばかり。のでハンバーガーやホットドッグはもちろん、フィッシュアンドチップスとかクレープとかピロシキとかフォーとかタコスとか、は一切出てこない。当時だってこういうメニューはあったはずなのにw ここらへんがお偉いさんの限界だろう・・・

・坊主のくせにどちかといえば野菜より魚、そして魚より肉が好きらしい(もちろん真宗だから構わないのだが)。これは戦前のエライ人、特に関西の人に共通かも・・・

とにかく面白い本なので読んで損はない。おそらくちょっとした図書館ならおいてあるはず。あるいは古本屋めぐりをするとか。アマゾンでも買えるけど高いのでw
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