すでに語っている人もいるようだが、自分も一つ。

どちらも舞台は玉ノ井。タイトルも似ている。というか滝田ゆうは間違いなく意識していたはず。だが読んで受ける印象はだいぶ違う。

濹東綺譚の主人公は変態文学親父だが、寺島町奇譚の主人公は純真無垢少年。親父は同じ女の元を訪ねるだけだが少年はあちこちで遊びまわる。濹東綺譚の玉ノ井はうらぶれているが、寺島町奇譚の玉ノ井はエネルギッシュだ。

銘酒屋の娼婦の食事も違う。濹東綺譚といえばお茶漬けシーン。メニューはこんな感じでごく質素。

女は茶棚の中から沢庵漬たくあんづけを山盛りにした小皿と、茶漬茶碗と、それからアルミの小鍋を出して、ちょっと蓋ふたをあけて匂をかぎ、長火鉢の上に載せるのを、何かと見れば薩摩芋さつまいもの煮たのである。

中略

「御飯は自分で炊くのかい。」
「住宅すまいの方から、お昼と夜の十二時に持って来てくれるのよ。」


寺島町奇譚だと、洋食屋からカツレツを取ったり、客から寿司の差し入れがあったり。だいぶ違う。ただしどちらにも娼婦の炊事シーンはない。火事防止のため禁止されていたのかもしれない。

ここまではだいぶ前に気づいていたのだが、今日ふと、「この差は時代の経済状況の差なのでは?」と思いついた。なぜ思いついたのかは不明。

時代設定だが、寺島町奇譚のほうは最後が東京大空襲、主人公はまだ小学生だろうから、舞台は1942年から1945年ぐらい。一方濹東綺譚のほうは出版が1937年、永井荷風が玉ノ井に通いつめてたが1936年ということなので、1936年前後。はたしてこの二つの時代の「経済状況」はどうだったのだろう?

ありがたいことに今では戦前の株価もあるていどネットで調べられる。「戦前株価」ですぐ見つかった。

太平洋戦争当時、株価はどう動いたのか?

チャートをみれば一目瞭然。寺島町奇譚のころのほうが圧倒的に株価が高い。もちろん株価が高ければいいわけではないが、少なくとも盛り場は株が高い時のほうが賑わいそうだ。なるほど寺島町奇譚には戦争成金(小成金かな)みたいなオヤジも登場する。工場街が近いからいっぱいいたのかも。

濹東綺譚は青空文庫でただで読めるし、寺島町奇譚だって古本なら1000円未満。やはり今はいい時代だとは思うが、玉ノ井みたいな街があったころに生まれたかったのもまた事実・・・