世田谷区といえば今は住宅地のイメージだが、昔は単なる畑作地帯だったこともそれなりに知られている。前にも紹介したが、坂口安吾の「風と光と二十の私と」とかを読むとよくわかる。

しかし、世田谷は「帝国陸軍」にとって重要な場所だった、ということは案外知られていない。もちろん地元の長老たちや軍マニアなら知っているのだろうが、普通に戦後教育を受けているとね・・・

というわけで、私が思いつく「陸軍関係」のスポットをご紹介。まだまだあるだろうし、桜新町近辺に偏っていることはご勘弁。

用賀の東條英機私邸

国立医薬品食品衛生研究所 かつては陸軍衛生材料廠・・・

陸上自衛隊用賀駐屯地

東京農大 1946年(昭和21年)3月29日 被災した常磐松の地を青山学院に売却し、東京都世田谷区世田谷4丁目461番地にあった陸軍機甲整備学校跡地に学校移転。

大蔵病院 かつての東京第四陸軍病院。

国立小児病院

三宿駐屯地

などなど・・・

ところで、私は馬事公苑ももとは軍事関連の施設だろうと思っていたのだが、どうやらここは最初からスポーツ施設らしい。ただし、戦前からある施設である。幻の東京オリンピックに向けて・・・

そういえば、馬事公苑にはずいぶんながいことご無沙汰している。子供のころはよく遊びに行っていたのに。二時間もあれば園内を一周して帰ってこられるのだから久しぶりに行ってみるか。最後に施設内に入ったのはいつのことだろう? 少なくとも20年前、下手すりゃ30年以上前のことだ・・・