1989年物語(7月)の続き。

1989年8月には宮崎勤が自供。そういや去年死刑執行か・・・ ところで当時アニメは今ほど市民権を得ていなかった気がする。少なくとも宮崎事件とアニメを今は特殊ゲームが問題になっているが、いつかは市民権を得るだろう。今は若い女の子も気軽にやっているみたいだし・・・

26日には秋篠宮が婚約。喪中でも婚約は構わないようだ

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コメントをいただいたので修正。喪はあけているとのこと。確かに皇室がそこらへんをいい加減にするわけはない。一応wikipediaからそのへんを抜粋。なかなか難しい。

平成元年(1989年)8月26日、川嶋紀子との婚約内定が報道される。昭和天皇の喪中(大喪)であること、兄・徳仁親王がまだ独身である事、文仁親王自身が留学中の身である事から時期尚早との批判もあったが、両親からの反対はなく、宮内庁は、挙式や結納に当たる「納采の儀」など晴れの儀式は、喪中はふさわしくないものの、皇室会議の開催は喪中でも差し支えないと判断している。

そもそも、皇室の服喪は三期に分けられ、第一期・第二期各50日の合計100日間を過ぎれば、その後の第三期は「心喪」という服喪形式がとられる。心喪とは、この期間中、天皇はじめ各皇族は公の行事には出席するが、神事のみ遠慮するという形式の服喪である。また、原則として結婚等の祝賀行事も行われないが、特別な理由があれば認められる。
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30日には三井銀行が太陽神戸との合併を発表。私が生まれ育った世田谷区桜新町の主要金融機関は農協と信用金庫と三井銀行だ。もちろん「さくら銀行」と桜新町に直接の関係はないだろうけどw

一方そのころ私は・・・ 何してたのかな。まだ研修中だからほとんど遊んでいたと思うが・・・ あ、LISPがそこそこ書けるようになったころだ。小さな推論エンジンとか書いた覚えがある。Scheme はともかく Common Lisp はもう一回使ってみようかな・・・

で、一曲。これもこの年発売だったはず・・・


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