神保町物語5の続き。

一浪して大学に入学した。親にパソコンを買ってもらった。PC9801VM2である。今からちょうど二十五年前の話だ。

とりあえず、BASICを覚えて、ASCIIに載っているソースコードを打ち込んでゲームしたりしたが、やはり市販ソフトも欲しかった。

もちろん秋葉原にソフトはいっぱい売っていたし、前にも書いた渋谷道玄坂のJ&Pも冷やかした。TAKERUも使った。ただ、当時ゲームソフトは一万円以上するものが多く、そう簡単に買える物ではなかった。なお、ビジネスソフトはさらに高かった。一太郎3がわざとコピープロテクトをかけないことにより、シェアを独占しようとしていたころだ。

そういう時代だったので、「パソコンソフトレンタル屋」というものが存在していた。ただ、すでに社会問題化していたらしく、1985年当時には秋葉原や渋谷で堂々と営業してはいなかったと思う。そしてなぜか神保町に、私の知る限りでは二軒ほど営業していたのである。もっとあったかもしれない。もちろん現在は存在しない。

二軒とも白山通り沿いだったと思う。一軒は「利根そば」の近くだったはずだ。レンタル料は一泊二日で定価の一割程度だった。いくら当時のゲームが単純だったとはいえ、一晩で遊び終わるほどではない。みんな当然のようにコピーしていたのである。レンタル屋にはコピーツール用ファイラーも用意してあった。ファイラー自体もレンタルできる店と、ファイラーだけは買い取らなくてはいけない店とがあった気がする。

そんなわけで「秋葉原」と「神保町」は私の中で結びついた。どちらも趣味の街だし、伝統と新しい文化が共存している街だ。でければ末永く繁栄してもらいたいものだ。

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