神保町物語3の続き。

高校一年、二年と遊び倒したが、三年になって一応受験を意識し、駿台の現役生向け夜間講習に参加することにした。が、講習会場が大好きな神保町に近いため、古本屋や喫茶店に行くために通っているようなものだった。

とりあえずあちこちで中古の参考書や問題集を買いあさったが、読んだのはその十分の一ぐらい。かといってまともな読書をしたわけでもなく、一番読んだのはサンデーとビッグコミックスピリッツだった。「うる星やつら」と「めぞん一刻館」が連載されていたからころだ。

結局どこの大学にも受からず、浪人することになった。また駿台に通っても遊んでしまうことが予想できたので、今度は代ゼミに通うことにした。でも模試会場が明大だったり、駿台の模試も受けたりしたから、月1〜2回は神保町に通った。

神保町界隈で腹が減ったときには、「たつ屋」(今は神保町付近には店がない)の牛丼とか、「利根そば」(今でもある。昔は名前が違ったかも)の天ぷら蕎麦を良く食べていた。御茶ノ水駅近聖橋口の立ち食い蕎麦屋(今もある)とか、前回書いた御茶ノ水「ニューポート」入り口付近(ちょっとずれているかもしれない)にあった立ち食い蕎麦屋(今はない)も愛用していた。特に後者は、そのころとしてはめずらしく関西風出汁の立ち食い蕎麦で、最初は違和感を覚えたが、食べているうちに大好きになった。

神田の「やぶそば」は、なんとなく敷居が高くて当時は入れなかったが、「まつや」には入ったことある。なぜ山葵が付いていないんだ、と質問して恥をかいたことを覚えている。

神保町の話なのか、蕎麦屋の話なのかわからなくなってしまった。そもそも神保町や古本屋の雰囲気は大好きなのだが、けっして「書籍」自体に興味があるわけではないので、希少本や珍本を買ったことはない。古本屋にはいる目的は、単に本を眺めるためか、安い古本を買うだめだった。今でもそうだ。たぶんこれからも・・・

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