究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

2011年07月

散歩記録:羽田神社祭礼と蒲田近辺

7月30日の記録。

羽田神社の祭礼はお神輿まで含めて例年通りに行われるらしい。偉い。羽田神社にはお参りしたこともないので出かけてみた。

久しぶりに京急に乗って大鳥居駅まで。産業道路まで出るとお祭りへ向かう若者が多い。神社まではすぐ。

確かにお神輿が出ている。DQNっぽい(褒め言葉ですw)担ぎ手も結構いる。やはりお祭りはこうでなくては。

境内は賑わっているはいるが、お参りする人は少ない。健全だ。私は不健全なので一応お参りしてから露店見物。本物のラムネもあったので飲む。目黒区の風見飲料商会の製品らしい。

その後はのんびりと蒲田駅方面へ。途中、コーナンのホームセンターーを見物。場所柄なのか(廃れてきているとはいえ工業地域だから)、明らかにプロ仕様の製品が売られている。一般人には使いこなせそうもない工具とか、丈夫そうな作業服とか・・・

蒲田駅までは結構時間が掛かった。電車では二駅だが、駅の間隔が広いのと、川沿いを進んでしまったからだろう。東口の「チェリー」という昔ながらの喫茶店で休憩してからJRで有楽町。またまたBaden Baden。今日は若者客が多い。東京に遊びに来ている人が多いのだろう・・・

もんじゅと村井秀夫とテレビとネット

最近もんじゅの噂をあまり聞かない。とりあえず「引っこ抜き」はうまくいったらしいが、今後どうなるのだろう・・・

ところで、「もんじゅ」はもちろん「文殊菩薩」から付けた名前だ。サンスクリットなら「マンジュシュリー 」。これはオウム真理教の「村井秀夫」のホーリーネームでもある。そして村井の役職は「科学技術省大臣」。因縁だ・・・

若い人は「村井秀夫刺殺事件」なんて知らなないかも。なぜかWikipediaに記述はないが、犯人は徐裕行、名前から分かるとおり、やめておこう・・・


この瞬間(1995年4月23日午後8時35分)はテレビで見ていた覚えがある。午後8時台に自宅にいたのは変だなと、思って調べてみたら日曜日だ。それなら間違いない。あの年は毎日3時間以上テレビを見ていた気がする。阪神大震災とオウム事件の年だし、まだまだWebは未発達、ネットで動画なんて夢の時代だったから・・・

女衒の話

GOSICKVIII神々の黄昏(下)の登場人物中、私が一番好きなのは女衒だ。クリスチャンで、元神学生で、兵役に付くのがいやだから女衒になったという変わり者である。オカマっぽい。おそらく女性に興味はない。だからヴィクトリカの純潔が守られたのかも・・・ 元神学生だから多少フランス語がわかるという設定もいい。おそらく住所は神戸か横浜だろうが、作者もそこまでは考えてないかなw

女衒は女性を商品として扱うのだから、「自分で手を出してはいけない」ような気もするが、実際は微妙らしい。井伏鱒二の「駅前旅館」には、東北から少女をかどわかしてきて上野の旅館でXX、のような記述がある。処女をいきなり店に出すわけにはいかないからだろう・・・

坂口安吾の「黒谷村」にも女衒が出てくる。こっちはもう充分熟れている女性が相手だから、女衒も手を出すことはないらしい。こんな一節がある。
「いいえ、ずつと昔からですわ。でも、ほんとうに決めたのはたつた今しがたなんですわ。村に女衒が来てゐるのです。三月と盆は女衒の書き入れ時ですから。妾はずつと昔にも一度女衒に連れられて村を出たことがありました。お分りですか? 凡太さん……妾は今も女衒と一緒に寝てきました。あははははは……嘘嘘嘘、一緒に酒をのんできただけ……」

GOSICKの話に戻る。女衒がヴィクトリカの刺青に気づいたときの、「これじゃ商品価値なんて・・・」というセリフはちょっと変だ。確かにそんなのはイヤだという男性のほうが多いのかもしれないが、「日本語の刺青をした銀髪の美少女」に萌える変態もそれなりにいるはず(別に私のことではないよw)。少なくとも見世物小屋に売り飛ばすことは可能だ。おそらく女衒はヴィクトリカの気高さとか崇高さを感じたからこそ逃がしてやったので、「刺青」のあるなしは本当は関係なかったのだろう。

「港町の女の見世物」というと、葉山嘉樹の「淫賣婦」を思い出す。相当気持ちが悪い小説(プロレタリア文学)だが、もしもGOSICKにバッドエンドがあるとすれば、こんなラストになるのかも・・・

 私はビール箱の衝立(ついたて)の向うへ行った。そこに彼女は以前のようにして臥(ね)ていた。
 今は彼女の体の上には浴衣(ゆかた)がかけてあった。彼女は眠ってるのだろう。眼を閉じていた。
 私は淫売婦の代りに殉教者を見た。
 彼女は、被搾取階級の一切の運命を象徴しているように見えた。
 私は眼に涙が一杯溜った。私は音のしないようにソーッと歩いて、扉の所に立っていた蛞蝓(なめくじ)へ、一円渡した。渡す時に私は蛞蝓の萎(しな)びた手を力一杯握りしめた。
 そして表へ出た。階段の第一段を下るとき、溜っていた涙が私の眼から、ポトリとこぼれた。

散歩記録:神保町から春日を経て秋葉原

7月23日の記録。

神保町からスタート。水道橋、後楽園を経て春日。まじは「こんにゃく閻魔」のほおづき市。続けて傳通院(伝通院)の朝顔市。昨年ほどではないが賑わっている。ほおずきはほとんど売り切れていたから、おそらく午前中は相当賑わったのだろう。

春日駅からは裏道を通って言問通り。本郷館を下から眺める。もうすぐ解体だ・・・
DSC_0121


そのまま言問通りを根津まで。根津からは不忍通り、公園に入って骨董市を眺めてから御徒町。一旦休憩。

そのままJR脇を秋葉原まで。あいかわらず賑やかだ。散歩は秋葉原で終了。電車で有楽町。またまたBaden Baden。あのオヤジさん、最近見かけないと思ったら、既に・・・ 他のお客が呟いていたのを聞いただけだから確証はない。店員さんに確認すればいいんだけど、聞くのもなんかへんな気が・・・

GOSICKVIII神々の黄昏(下)も読んでみた

7月23日発売。だが22日の夜に入手できた(フラゲって初めてw)。さっそく読んでみた。

基本はアニメの最終回と変らない。グレヴィールのヴィクトリカへの愛情、そしてサクリファイス。フラニー(アブリルの従姉妹)が成長しているとは思わなかった。

そして問題の刺青。住所が書かれていることは想像が付いたが、女衒とは・・・ アニメじゃ無理なわけだ・・・

お互いにとって大事な「指輪」と「ペンダント」が失われてしまう、というのも興味深い。これも「サクリファイス」だ。犠牲があってこそ救われる人がいるわけで・・・

再会シーンはほぼアニメと同じだが、接吻シーンは萌えたw 「古き神々は死んだが、我々は日々新しい神を見つけるだろう」というヴィクトリカの分析。なんとなく坂口安吾の「堕落論」を想像させるが、関係ないかもw

そして原作だけのエピローグ。新大陸か、なるほどね・・・ アブリルとの再会フラグなのかもしれない。続編も書いてほしい。というかたぶん書くんじゃないかな、結構シリーズの売上が良いみたいだしw


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