究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

2009年08月

二泊三日で京、大阪、名古屋散歩:その8「大須」

二泊三日で京、大阪、名古屋散歩:その7「草津線」の続き。8月23日の記録。もうこれで終わりにする。

というわけで「大須」にやってきた。「秋葉原物語」で書いたように、私は秋葉原も日本橋も好きなのだが、名古屋の電気街には行ったことがなかった。これで日本三大電気街を制覇したことになる。

ところが、「大須」は面白いところで、地下鉄の「大須観音駅」が最寄り駅の一つであることからわかるように、東京の浅草のような門前町でもあり、ファッション街でもあり、そしてちゃんと電子部品も売っている街だ。だからとりあえず観音様にお参りし、門前のきしめん屋でまた遅い昼飯(ずばり「きしめん」)を食べてからアーケード街を歩いた。ちょっといくと寄席というが演芸場もあり、その先には「烏枢瑟摩(うすさま)明王」も祭られている。浅草や巣鴨の雰囲気だ。ただ洋服屋には若者向けと年寄り向けの商品が仲良く並べてあるのは初めてみた。

とりあえずぐるっと回った。確かに電気街もあった。規模こそ小さいが、ツボはちゃんと抑えてある。メイド喫茶もある。ただ、街を歩く若い女の子は「オタク」ではない。普通に衣料品のショッピングや食事をしにきているらしい。オタクもいるケバイおねーさんも80過ぎのおばあさんもみんな仲良く「大須」を楽しんでいるようだ。これはなかなかいい雰囲気だ。

2時間ほど散策して、名古屋駅に戻ってまた地下街を歩く。大阪や名古屋の地下街は楽しい。なんで東京の地下街は貧弱なんだろう。

午後九時を過ぎてから、駅弁を買って新幹線に乗り込む。新幹線はやはり速すぎる。リニアができたら、23時ごろまで飲んでから東京に戻れるようになるのだろうか。いつごろになるのか、そもそもそれまで生きていられるのか分からないけど・・・

二泊三日で京、大阪、名古屋散歩:その7「草津線」

二泊三日で京、大阪、名古屋散歩:その6「阪神なんば線」の続き。8月23日の記録。

最終日。もう一週間前のことだ・・・

関西本線(非電化区間)には何度も乗っているが、途中で接続している草津線には乗ったことがなかった。今回始めて乗った。

草津までは新快速がぶっ飛ばしているのですぐ。終点まで行く草津線は一時間に一本程度しかない。途中駅の「貴生川駅」行きが止まっていたのでそれに乗る。草津の宿場もなかなかいいところだが、昨年散歩したので今回はパス。

草津線沿線は結構拓けている。ちょっと山の中を通るともう貴生川駅だ。結局ここで次の電車を待つしかないのだが、そんなに暑くないし、待っているうちに近江鉄道と信楽高原鉄道の車両を見ることが出来たので退屈はしなかった。

柘植行きに乗り、あっさりと終点まで到着。しかもちゃんと接続している。そのまま乗り継ぐと簡単に亀山まで到着。関西本線ってもっとのんびりしていた気がするが・・・

ところが亀山での接続が極めて悪く、40分以上待たなくてはいけない。途中下車して昼飯をと思ったが、駅前の店はほとんどしまっている。日曜なのに。しょうがないので周辺を散歩して時間をつぶし、快速名古屋行きにのる。

快速とはいっても単線なので、かなり名古屋に近づいても駅ですれ違い待ちの停車をする。なかなかのんびりしている。やはり実用としては近鉄か自動車を使うしかない。

それでも15時過ぎには名古屋到着。いよいよ「大須」だ。

汐見橋「がばちょ」の思い出

汐見橋」の記事が長くなりすぎ、「がばちょ」について書けなかった。

「がばちょ」とは、汐見橋にある和食屋の名前だ。今回の散歩でもちゃんと健在なのを確認してきた。なんとなく気恥ずかしくて店には入らなかったけれど。

もう15年以上前、週に一回以上この店を利用していた時期があった。各種のおかずがカウンターにおいてあり、それとご飯で食事をしてもしいし、酒を飲んでもいいというスタイルだった。もちろんカウンターにおいていないメニューもたくさんあり。味噌汁なども一杯ずつ丁寧に作ってくれた。ご主人も奥さんも本当に上品な上方の人間という感じだった。この口コミを見る限り、今も変わっていないようで安心だ。

「がばちょ」の確かすぐ隣の、かなり年配の女性が一人で切り盛りしていた深夜営業のお好み焼き屋にもよく通った。さすがにこのお好み焼き屋は見つからなかった。ここの女将さんも本当に品のいい人だった。

東京にいると、どうしても漫才師風か暴力団風の関西弁しか耳にする機会がないが、本来の上方の言葉はとても美しい。米朝さんの落語のように。

二泊三日で京、大阪、名古屋散歩:その6「阪神なんば線」

二泊三日で京、大阪、名古屋散歩:その5「南海汐見橋線」の続き。8月22日の記録。

たった二泊三日なのにずいぶん長くなってしまった。残りは簡潔に。

桜川から「阪神なんば線」に乗りこむ。ほどなく西九条駅に着く。なるほどこの駅も再開発されたのか。降りてみたいが時間も遅くなったのでそのまま乗車。

西九条から先はすでに乗ったことがある区間だ。桜川に住んでいたころ、阪神野田から三宮まで遊びに行き、帰りは尼崎で当時の西大阪線に乗り換え、西九条から環状線で大正駅まで帰ってきたことが何回かあるから。

尼崎の駅も立派になっていた。ここで乗り換えて梅田。梅田の地下街をちょっと散歩してから阪急で河原町まで戻り、夕食をすませてから今度は海水魚の水族館バーでビール。これほど電車に乗りまくったのは久しぶり。

二泊三日で京、大阪、名古屋散歩:その5「南海汐見橋線」

二泊三日で京、大阪、名古屋散歩:その4「西大寺と秋篠寺」の続き。

西大寺駅に戻る。せっかくなのでホームでちょっと待ち「三宮」行きに乗り込む。車両は新しいが車窓から見る風景は十五年前とそんなに変わっていない。あやめ池遊園地がなくなったぐらいか・・・

このまま阪神線の区間まで乗り続けてもいいのだが、腹も減ったし、昔住んでいた桜川界隈もふらつきたいので難波で下車。なんば駅のホーム自体は私が通勤に利用していたころと変わっていない。ただ、そのころは行き止まりだったはずの最西端に穴が開き、レールが繋がっている。なんか不思議な気分。

地下街を抜けてなんばcityの讃岐うどん屋で遅い昼食。何も大阪で讃岐うどんを食べなくてもよいのだが、結構おいしかった。

桜川までは地下鉄で出るつもりだったが、ふと思いついて久しぶりに汐見橋線に乗ってみることにした。この汐見橋線(本当は高野線)自体、ほとんど忘れ去られたような線路だが、私は近くに住んでいたため二、三回乗ったことがある。「岸里玉出駅」で乗り換え。私が住んでいたころはまだ「岸里駅」だったはずだ。

駅の構造も変わっていた。前はたしか仮設歩道橋を使って乗り換えた気がするが、今は地下で本線と高野線、汐見橋線が乗り換えられるようになっている。一時間に二本しかないダイヤなので、ホームで電車を待つ。いつもの夏の大阪の暑さならきついが今年なら大丈夫だ。

電車がやってきた。昔と同じようなワンマン運転の二両編成だ。降りる人も乗り込む人もごくわずか。これも以前と変わらない。乗ってしまえば汐見橋はすぐ。もともとこの沿線は工場地域だから殺風景なのだが、やはり不景気のためかよりみすぼらしくなった気がする。

汐見橋駅の構造は変わっていないが、とうとう自動改札機は設置されたようだ。十五年前にはなかった。本来自動改札機は関西で発明されたもので、東京ではまだ人が改札業務をしている駅が結構あったことでも、大阪の地下鉄や私鉄は全部自動改札だったのに、この駅は違ったのだ。写真も取ったが、うまくこの駅の魅力(?)が表現できていない・・・

駅を出ると、すぐとなりに「桜川駅」の入り口がある。いわば最古の駅と最新の駅が両隣に並んでいる。不思議な光景だ。私がこの付近に住んでいたころ、桜川駅を利用するためには新なにわ筋を渡らなくてはいけないのが不便だった。あのころこの入り口があったら楽だったのに。
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