究極の傍観者

歴史、文学、宗教など人文科学系情報を中心にしようとは思っていますが、それ以外のことも書きます。人間のすることはみんなどっかでつながっていますから。記事内容に関するコメントやトラックバックはご自由にどうぞ。

江口寿史展と下鴨神社糺の森の光の祭

8月26日の記録。

新幹線で京都。駅前で梅おろし蕎麦。ホテルチェックイン後漫画ミュージアムへ。2,3年ぶり。

江口寿史とは懐かしい名前。「ストップひばりくん」は大好きだった。が、その後どうしているかは知らなかった。twitterのアカウントがあることは知っていたが。なるほどイラスト主体で活躍していたのね・・・

展示もイラストが中心。確かに絵がうまいし、見たことがある広告や雑誌の表紙も多い。これならもう締め切りの厳しい連載漫画なんて書く必要はないのかも。ただ往年のファンとしては、あのぶっとんだギャグや楽屋落ちをもう一度体験したいのだがw

京阪三条まで歩いて、出町柳。下鴨神社のライトアップ見物。かなり混んでいるが観光客より地元の人が多い模様。光は確かに面白いが音は余計な気がする。秋の虫の声だけにしたほうがよりよさそうな・・・ 

京阪四条まで電車。盛り場をうろついてから「よしみ」で松茸と鱧しゃぶ。雑炊付きで3000円は安い。

深川お化け縁日見物

8月20日の記録。

2週続けて森下まで電車。久しぶりに夜店通りを歩く。なんとなく前より賑わっている気がする。雨が降っているがそのままお化け縁日会場へ。

会場につくとちょうど雨が止み、露店も営業再開。もちろん子供が多いが若い女性の二人組も目立つ。狐面が人気なようだ。

一通り見物後、深川江戸資料館。だいぶ前(2001年ごろのはず)だが、JALの機内放送用の落語の収録会がここで行われていたころ何回か来たことがある。そのころに展示室にも入ったはずだがだいぶ変わったようだ。資料が増えている。深川周辺の長屋の大家が三井(越後屋)だったと初めてしった。

けっこうゆっくり見物したので森下まで戻って散歩終了。新宿三丁目まで地下鉄。池林房、というより末廣亭付近はどこも混んでいるので新宿東口近くの浪漫房へ。思ったより客層が若い。もっともこっちが年寄りなだけかも・・・

森下から富岡八幡宮、東陽町まで

8月13日の記録。

森下まで電車。清澄を経て富岡八幡宮。深川八幡陰祭り。

陰祭りだがかなりの混雑。東京湾大華火祭の休止のせいか浴衣姿が目立つ。あとここも外国人が増えた。深川不動も賑わっているがまた工事中。ここは一体どんだけ改修すれば気が済むのだろうw

暑いが散歩続行。木場を通り越して東陽町まで。JDLや明治本社が立ち並ぶ一角を回って散歩終了。JDLがまだ存続しているとは思わなかった。昔JDLのワープロマシンのBASICをちょっとだけ使ったことがある。というかOS自体が独自だったはず。

日本橋まで地下鉄。八重洲地下街を抜けて有楽町。Baden Baden。珍しく空いている。昨年まではこの時期(コミケ時期)でもそれなりに混んでいたのだが。今年は山の日のせいで東京から実家に帰省する人が増えたのかも。

医者と劇画家の身体改造

今週見つけたtwitterで見つけたネタ。








私のつぶやきはどうでもいい。問題は三条友美さんと高須先生。実はこの二人には共通点がある。

高須先生を知らない人はいないだろうが、「三条友美さんって誰?」が普通かも。簡単にいうとエX漫画家だが、大御所だ。私は30年以上前に単行本を買ったことがある。Xロといってもかなりハード。30年前にはなかった言葉だと思うがひぎぃ系。

というわけで共通点。

・人体改造がお得意。
・かなりのお歳(三条友美さんの年齢はわからないが、おそらく還暦は越えているかと・・・)
・かなりのインテリ。

最後が重要。お医者さんがインテリなのは当然だが、漫画、特に官能漫画は教養がなければ書けるもんじゃない。読むのは誰でもできるけど・・・・

濹東綺譚と寺島町奇譚と経済状況

すでに語っている人もいるようだが、自分も一つ。

どちらも舞台は玉ノ井。タイトルも似ている。というか滝田ゆうは間違いなく意識していたはず。だが読んで受ける印象はだいぶ違う。

濹東綺譚の主人公は変態文学親父だが、寺島町奇譚の主人公は純真無垢少年。親父は同じ女の元を訪ねるだけだが少年はあちこちで遊びまわる。濹東綺譚の玉ノ井はうらぶれているが、寺島町奇譚の玉ノ井はエネルギッシュだ。

銘酒屋の娼婦の食事も違う。濹東綺譚といえばお茶漬けシーン。メニューはこんな感じでごく質素。

女は茶棚の中から沢庵漬たくあんづけを山盛りにした小皿と、茶漬茶碗と、それからアルミの小鍋を出して、ちょっと蓋ふたをあけて匂をかぎ、長火鉢の上に載せるのを、何かと見れば薩摩芋さつまいもの煮たのである。

中略

「御飯は自分で炊くのかい。」
「住宅すまいの方から、お昼と夜の十二時に持って来てくれるのよ。」


寺島町奇譚だと、洋食屋からカツレツを取ったり、客から寿司の差し入れがあったり。だいぶ違う。ただしどちらにも娼婦の炊事シーンはない。火事防止のため禁止されていたのかもしれない。

ここまではだいぶ前に気づいていたのだが、今日ふと、「この差は時代の経済状況の差なのでは?」と思いついた。なぜ思いついたのかは不明。

時代設定だが、寺島町奇譚のほうは最後が東京大空襲、主人公はまだ小学生だろうから、舞台は1942年から1945年ぐらい。一方濹東綺譚のほうは出版が1937年、永井荷風が玉ノ井に通いつめてたが1936年ということなので、1936年前後。はたしてこの二つの時代の「経済状況」はどうだったのだろう?

ありがたいことに今では戦前の株価もあるていどネットで調べられる。「戦前株価」ですぐ見つかった。

太平洋戦争当時、株価はどう動いたのか?

チャートをみれば一目瞭然。寺島町奇譚のころのほうが圧倒的に株価が高い。もちろん株価が高ければいいわけではないが、少なくとも盛り場は株が高い時のほうが賑わいそうだ。なるほど寺島町奇譚には戦争成金(小成金かな)みたいなオヤジも登場する。工場街が近いからいっぱいいたのかも。

濹東綺譚は青空文庫でただで読めるし、寺島町奇譚だって古本なら1000円未満。やはり今はいい時代だとは思うが、玉ノ井みたいな街があったころに生まれたかったのもまた事実・・・


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